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IoTとクラウドが作る未来 #7


さて前回は電脳について話しました。今回は義体とタイトルの一部になっているゴーストについて話します。この世界では義体と言われる機械を体の一部に利用することが一般的になっています。主人公である”少佐”は脳以外は全て義体化されており、超人的な運動能力を有しています。

この分野の技術開発も色々行われており、ニュースを耳にする事も多いと思います。前回のリオオリンピックでは、義足のジャンパー選手が本大会に参加したいと表明し議論を呼びました。この選手は障害者の大会で、ロンドンオリンピックの優勝レコードを超える記録を出しました。当然リオにも出たいと思っています。しかし、この記録が義足によってもたらされたものだとすると、一般参加者に対してフェアでは無いという意見もあります。この記録が義足によるものなのか分かりませんが、こういう議論がでるというのは、この分野の技術の進歩を物語っています。

Retrieved from bbc.com

さて少佐はこのような技術を駆使して様々な事件を解決するのですが、脳以外は機械であるため、自分が機械なのか人間なのか、そもそも何者なのかという疑問を抱えて生きています。それどころか、ある事件をきっかけにして、自分は人工知能と機械で作られたロボットなのだろうかという疑問すら持ちます。自分を構成する要素をあえて心と体と定義すると、体を失った時に自己の定義が難しくなるという事です。

義体技術の実用化はまだ先ですが、このような形の自己の喪失というのは、案外早くやってくるかもしれません。昨年の年末頃からネット上の囲碁の対戦サイトで、Masterと呼ばれるユーザーが驚異的なペースでトップレベルのプレーヤーから勝ち続けていました。この棋士の正体が何者かというのが話題になっていたのですが、先日GoogleがこれはAlphaGoの進化版であると発表しました。

“Easy come, easy go” Flickr © Linh Nguyen

こういう事が一般的になると、自分が対戦しているプレーヤーが人間なのかAIなのか分からなくなりそうです。むしろ、インターネットを介している限り、囲碁の対戦相手にとって自分は人間なのかAIなのかは、どちらでも構わないかもしれません。そこに体はないので。

攻殻機動隊の世界ではこういう概念がより進歩しているため、自己が何かという事の定義としてゴーストという言葉が使われています。ゴーストというのはザックリいうと魂のようなもので、自分の体をいくら機械化しても残る要素です。つまり体は自己の定義からサッパリ消えてしまっています。

さて、ある事件によって自分のアイデンテティーに悩む少佐ですが、この犯人にどう辿り着いて、どう決着をつけるのか、これも非常に示唆的なので、興味があれば映画館で確認して見て下さい。結末がアニメと違うかもしれませんが、、、。

Written by plsplsme

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